「『くにおくん』をはじめ、父の作品をこれからも楽しんでいただければ幸いです。ありがとうございました。」
これは、父である岸本良久氏が2026年4月2日に64歳で逝去したことを受け、岸本龍房氏がFacebookで明かした言葉です。ゲーム業界は、ベルトスクロールアクションというジャンルを確立し、テクノスジャパンでの仕事を通じてアーケードゲームの格闘アクションのあり方を定義した、最も影響力のあるデザイナーの一人を失いました。

失恋からアーケードの伝説へ
岸本氏のゲームデザインの道は、データイーストでレーザーディスクゲームに携わったことから始まり、その後、数名の同僚と共にテクノスジャパンへ移籍しました。彼のクリエイティブな原動力は、学生時代の辛い失恋経験や、ブルース・リーの武術映画、特に『燃えよドラゴン』への深い憧れから生まれたものです。その組み合わせが、誕生した当時のアーケードの枠を超えて愛され続ける作品を生み出しました。
1986年、岸本氏は『熱血硬派くにおくん』(海外版タイトル:Renegade)を制作しました。これは後に『くにおくん』シリーズとして展開される作品の第1作目です。このゲームは、ストリートでの喧嘩を、ダイレクトでフィジカルな感覚として前面に押し出しました。その1年後、Double Dragonが登場し、彼の名声は不動のものとなりました。
1987年にアーケードで稼働を開始した『Double Dragon』は、当時の象徴的なゲームの一つとなりました。ビリーとジミーのリー兄弟がギャングの巣窟と化した街を突き進むサイドスクロールの協力型アクションは、その後10年間にわたり、数多くのゲームが模倣しようとしたテンプレートとなりました。本作は後にNES、SNES、PlayStationへと移植され、シリーズの裾野を広げていきました。
フランチャイズの構築、そして退社
岸本氏はテクノスジャパンで長年、『Double Dragon』と『くにおくん』シリーズの両方を構築し、アーケード版や家庭用ゲーム機版の続編を制作しました。しかし、最終的には不満を抱えてスタジオを去ることになります。2012年のインタビューで彼は、新しいことに挑戦したいという思いと、テクノスジャパンがゲーム開発への投資を減らしていると感じていたことを明かしています。
退社後は「Plophet」という名義で独立し、オリジナルプロジェクトの制作や、自身の過去のフランチャイズに関連するゲームのコンサルティングを行いました。最後にディレクターとして大きく関わったのは、アークシステムワークスがテクノスジャパンのライセンスを取得した後にリリースされた2017年の『Double Dragon IV』でした。また、近年の『くにおくん』シリーズの新作においてもコンサルタントを務めていました。

岸本氏がディレクションを務めた『Double Dragon IV』
家族からの別れ
岸本龍房氏はFacebookでの発表に続き、X(旧Twitter)でも父の作品がどれほど世界中に広がっていたかについてメッセージを投稿しました。「世界中に『くにおくん』シリーズをやり込み、父のことを私以上に深く理解してくれている方々がいることを知り、本当に嬉しく思います」と綴り、ファンからのメッセージに感謝を伝えました。
近親者のみによる葬儀が2026年4月3日に執り行われました。
岸本氏が築き上げたベルトスクロールアクションというジャンルは、決して廃れることはありませんでした。2020年の『Streets of Rage 4』は、このフォーマットに今なお熱心なファンが存在することを証明しましたし、アークシステムワークスも新作のリリースを通じて『Double Dragon』を存続させています。シリーズの今後の展開を知りたいプレイヤーは、最新のゲームニュースで続報をチェックしてください。
岸本氏は64歳でした。彼のゲームは今もアーケードにあり、ストアに並び、そして今日まで彼の名を知らなかった人々によってもプレイされ続けています。ぜひこちらもご覧ください:








